まとめたノート

なんでもまとめ

泣けるコピペ


怖面ての上司が自宅に来た

自分でも理由は分からないが、気が付けば仕事やる気を無くして会社を欠勤し、
それが数日続いたある日の夜、怖面ての上司が自宅に来た。

最後通告かな、と思いながら、上司の行きつけらしいショットバーへ連れていかれた。
案の定、会社に出て来ないオレを気に掛けてた様子で、
オレはなぜかやる気が出ない事を正直に話した。
辞めようか悩んで居るとも。

ヤクザ顔の上司から意外な言葉が返ってきた。

人間は自分で思ってるよりもギリギリのバランスで生きてるんだよ。
走れば走る程、それだけバランスを崩し易くなる。
周りが見えなくなる。
少しだけ運が悪かったり、少しだけ考えが及ばなかったり。
体の痛みや疲労は分かっても、精神の痛みや疲れは分かりづらい。
他人の事なら尚更だが、自分の事は我慢してしまう。
お前は今少し心が疲れてるだけだ。
治るまでゆっくり休め。
いつか治った時、痛みを知ったお前は少し強くなる、その分人に優しくなれる。
痛みを知った者が、次に傷付いた者を癒す薬になれるんだ。
だから今は休め。いいから。な?

んで、いつかオレが疲れ果ててたら助けろよなwww


オレ泣いた。 

米国の4歳の女の子が愛犬の死を受けて、神様に手紙を送ったと いう話

米国の4歳の女の子が愛犬の死を受けて、神様に手紙を送ったと
いう話が米ニュースサイトの ニュースバインで紹介された。
このエピソードは、女の子の母親から送られてきたメールを見た記者が
「伝えずにはいられない」と思い、紹介したもの。
それによると、この母親の家ではアビーという14歳になるメス犬を
飼っていたが、先月、病気で亡くなってしまったそうだ。
ずっと一緒に生活を送っていた4歳の娘メレディスちゃんは涙を流し、
「どんなに寂しいか」を母親に訴えていたという。

そして、アビーへの愛情を忘れられないメレディスちゃんは、母親にこんなことを言った。
「神様に手紙を書いたら、アビーが天国に着いたとき、
神様はちゃんと『アビーだ』ってわかってくれるかな」。
母親はメレディスちゃんが話す言葉を書き留め、手紙をしたためた。

その中身は「神様、アビーがいなくなり、とても寂しいです。
どうか天国でアビーと遊んであげてください。 アビーはボール遊びと
泳ぐのが好きです。神様がアビーを見つけたとき、すぐに私の犬だと
分かるように、 写真を送ります」という内容。
幼いメレディスちゃんの精一杯の愛情が込められた手紙だ。

手紙と写真を入れた封筒には「天国の神様」とあて名が書かれ、
ポストに投函された。 


手紙が届いたか心配する娘に、母親は「きっと届いたよ」と励ましていたそう。

すると10月27日、家の玄関前に金の紙で包まれた「メレディスへ」という小包が置かれていた。
中には「ペットが死んだ時」という本。
そして、そこには“神様からの手紙”が添えられていた。

「親愛なるメレディス。アビーは天国につきました。写真が
入っていたので、すぐにアビーと分かりましたよ。 もうアビーは
病気ではありません。アビーはあなたと居るのが好きでした。
天国では体を必要としないので、 写真を入れておくポケットがありません。
だから、あなたがアビーを思い出せるように、この本と一緒に写真を
返します。 素晴らしい手紙をありがとう。それから、手紙を書くのを
手伝ってくれたお母さんにお礼を言ってください」

ニュースバインの記事の最後は「誰が答えたかは分かっていません。
でも、米国郵便公社の配達できない手紙を扱う部署には、美しい魂があります」と結ばれている。

俺は母親が嫌いだ。大嫌いだ

俺は母親が嫌いだ。大嫌いだ。
おせっかいなとこが嫌いだ。何よりも子供を一番に考えるとこが嫌いだ。
大学に入り、一人暮しを始めて二年も経つ俺を赤ちゃんみたいに心配するとこが嫌いだ。
今まで付き合った彼女より誰よりも俺を心配してくるとこが嫌いだ。
金が無くなって「もっと金を送れ!」と、言って結局送ってくるくせに
しぶるとこが嫌いだ。「こんな家に生まれてこなければよかった」と、言うと
電話越しに本気で泣くとこが嫌いだ。

俺は母親が嫌いだ。とにかく嫌いだ。
そんな母親がこの間死んだ。毎日のように俺を心配してかけてくる電話が
ただただウザくて、俺は携帯の電源を切っていた。だから、通夜にも行けなかった。
死因は働き過ぎでの過労と、電話が繋がらない俺を心配して体調を悪くした併発だった。

俺は母親が嫌いだ。自分の給料の倍以上の仕送りをする為に、働き過ぎるとこが嫌いだ。
こんな俺のために死んだ母親が嫌いだ。五十年近くの人生の半分を俺に費やしたとこが嫌いだ。
死ぬ直前まで、俺の声を聞きたがっていたとこが嫌いだ。

俺が毎日2chに入り浸っているとも知らず、死ぬまで働いた母親が嫌いだ。
今日をもって、俺は2chを引退する。嫌いだった母親にしてあげれなかった
親孝行を今更だがしたい。受け止めれない程の愛をくれた母親の為に頑張って生きていきたい 

第14期陸軍特攻第77振武隊 相花伸夫小尉が母にのこした遺書

第14期陸軍特攻第77振武隊 相花伸夫小尉が母にのこした遺書
昭和20年5月4日沖縄周辺洋上にて特攻戦死

母を慕いて

母上お元気ですか?
長い間本当にありがとうございました。
私六歳の時より育て下されし母
継母とは言え世の此の種の女にある如き
不祥事は一度たりとてなく
慈しみ育て下されし母
有難い母 尊い母
俺は幸福だった
遂に最期までお母さんと呼ばざりし俺
幾度か思い切って呼ばんとしたが
何と意志薄弱な俺だったろう
母上お許し下さい
さぞ淋しかったでしょう
今こそ大声で呼ばして頂きます
お母さん お母さん お母さん と 

もう亡くなった大正生まれのオイラのばあちゃん

もう亡くなった大正生まれのオイラのばあちゃん、13歳の時に親に売られて満州で売春婦してたそうな。
その時に陸軍の整備兵で好き者やった兵隊さん(オイラのじいちゃん)に「俺の嫁になるなら身請けする」って言って、
部隊の工具や備品をパクって売って貯めたお金で身請けして嫁にしたそうな。
(じいちゃんは否定)

終戦迎えて内地に帰って…じいちゃんは小さいながらも某牛乳メーカーの役員まで出世してそこそこ財を作った。
じいちゃん、何歳になっても女好きが治らなかったが、ばあちゃんはいつも
「私はじいちゃんがいなかったらボロボロになって死んでたやろうからじいちゃんには何も言えん」
って泣きながら笑い飛ばしてた。

しかし、そんなじいちゃんだが、女遊び以外はばあちゃんにむっちゃ尽くしてた。
ばあちゃんが何かのテレビ番組で綺麗な景色見て「いいなぁ…」ってボソッと言ったら、
2、3日後にはじいちゃんが「おい!旅行行くぞ!」ってばあちゃんが言ってたところに大名旅行に連れて行ったり…

ばあちゃんが、何気なく肩を自分でトントンしたら、必ずじいちゃんがすぐにばあちゃんの後ろに回って肩叩きしたり…

ばあちゃんの誕生日には必ずウェディングケーキばりのでかいケーキを買ってきて、毎回「こんなでかいの誰が食べるのよ#」ってばあちゃん怒って…

晩年、ばあちゃんが
「わたしゃ女郎屋の女でよかった。じゃないとじいちゃんと逢えなかった…」
って話をオイラに言った2日後、昼寝したまま綺麗な寝顔のまま永眠したなぁ…


スレチやけど、ふと思い出した

携帯から長文スマソ 

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